プリスカの戦い
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プリスカの戦い(英: Battle of Pliska)は、811年に第一次ブルガリア帝国と東ローマ帝国との間で行われた戦いである。この戦いで皇帝ニケフォロス1世は戦死し、ブルガリアが勝利した。ローマ皇帝の戦死はウァレンス以来のことである。
概要 プリスカの戦い, 時 ...
プリスカの戦い | |||||||
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ブルガリア・東ローマ戦争中 | |||||||
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衝突した勢力 | |||||||
第一次ブルガリア帝国 | 東ローマ帝国 | ||||||
指揮官 | |||||||
クルム | ニケフォロス1世 | ||||||
戦力 | |||||||
6万2000[1] (はっきりしない) |
6万 - 8万[2][3] (推定) | ||||||
被害者数 | |||||||
不明 | 壊滅 |
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