トマス・ウェントワース (初代ストラフォード伯爵)
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この項目では、17世紀の政治家について説明しています。その他の同姓同名の人物については「トマス・ウェントワース」をご覧ください。 |
初代ストラフォード伯爵トマス・ウェントワース(英語: Thomas Wentworth, 1st Earl of Strafford, 1593年4月13日 - 1641年5月12日)は、イングランドの政治家、貴族。
概要 生年月日, 出生地 ...
初代ストラフォード伯爵 トマス・ウェントワース Thomas Wentworth 1st Earl of Strafford | |
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「鎧を纏ったストラフォード伯」1639年、アンソニー・ヴァン・ダイク画 | |
生年月日 | 1593年4月13日 |
出生地 | イングランド王国、ロンドン |
没年月日 | (1641-05-12) 1641年5月12日(48歳没) |
死没地 | イングランド王国、ロンドン |
出身校 | ケンブリッジ大学セントジョン・カレッジ(英語版)、インナー・テンプル |
称号 | 初代ストラフォード伯爵、初代ウェントワース子爵、初代ウェントワース男爵(英語版)、初代ニューマーチ=オーバーズリー男爵、初代レイビー男爵、枢密顧問官(PC) |
配偶者 |
(1)マーガレット・クリフォード (2)アラベラ・ホリス (3)エリザベス・ローデス |
北部評議会議長(英語版) | |
在任期間 | 1628年 - 1641年 |
国王 | チャールズ1世 |
アイルランド総督(Lord Deputy) | |
在任期間 | 1632年 - 1640年 |
国王 | チャールズ1世 |
アイルランド総督(Lord Lieutenant) | |
在任期間 | 1640年 - 1641年 |
国王 | チャールズ1世 |
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庶民院議員として政界入り。当初は反国王派だったが、1628年から国王派に転じた。1629年から1640年にかけて国王チャールズ1世は議会無視の親政を行ったが、その間に北部評議会議長(英語版)やアイルランド総督などを歴任し、イングランド北部やアイルランドで専制政治を展開した。1639年にはカンタベリー大主教ウィリアム・ロードとともに国王の筆頭顧問官となる。しかしイングランド内戦前夜の1640年から1641年にかけての議会で専制政治の責任を追及されて私権剥奪法可決により処刑された。
1628年7月にウェントワース男爵(英語版)、同年12月にウェントワース子爵、1640年にストラフォード伯爵に叙せられた。