ウィンズケール原子炉火災事故
ウィキペディア フリーな encyclopedia
ウィンズケール原子炉火災事故(ウィンズケールげんしろかさいじこ、英: Windscale fire)は、1957年10月10日に起きたイギリス史上最悪の原子力事故で、最大でレベル7まである国際原子力事象評価尺度(INES)でレベル5の事故と評価された[1]。
概要 ウィンズケール, 国 ...
ウィンズケール | |
---|---|
ウィンズケールの原子炉 1985年 (中央と右。左の球状の建造物はAGR) | |
国 | イギリス |
所在地 | セラフィールド |
座標 | 北緯54度25分29.50秒 西経03度30分00秒 |
現況 | 運転終了 |
運転開始 | 1950年10月 (1950-10) |
運転終了 | 1957年10月 (1957-10) |
事業主体 | Sellafield Ltd |
種類 | 黒鉛減速・空気冷却炉 |
テンプレートを表示 |
閉じる
2基の原子炉は、英国の原爆製造計画の一部として突貫工事で建設された[2]。ウィンズケール原子炉1号基は1950年10月に、続いて2号基は1951年6月に運転を開始した[3]。
ウィンズケール[4][5][6][訳注 1]は原子力施設群の名前であり、地名ではない。場所的にはシースケールの町はずれから数百ヤード北側の距離に位置する[訳注 2]。1号炉および2号炉は核兵器を生産する目的で建設された軍用の原子炉であり、発電機を備えていないため、原子力発電所には分類されない。コールダーホール原子力発電所や後に建設されたソープ再処理工場も同じ敷地内である。
事故はカンブリア州にある原子力施設のウィンズケール(現在のセラフィールド) の敷地にある原子炉1号基の炉心で火災が発生したもので、多大な放射能汚染を周囲にもたらした。
事故による直接的な死者はいないとされている一方で、事故が原因とされる癌で12人が死亡という報告[7]や100人が死んだ[8]あるいはそれ以上という試算もあり、調査ごとに数字が異なっている[9]。
シースケール村で生まれた子供は、白血病で死ぬ割合が平均の9倍に達しているとの調査が1987年になされたが、放射線による影響はないとされた[10]。一方、住民は癌の多発を訴えている[11]。