アルミニウムの歴史
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本項では、アルミニウムの歴史(アルミニウムのれきし)について述べる。アルミニウムは原子番号13、原子量26.98の元素であり、標準状態では明るい銀色の金属である。アルミニウムが地殻で3番目に多い元素であるため[1]、人類の活動にも広く使われている。
金属という形のアルミニウムが人類に使われてきた歴史はそれほど長いものではないが、アルミニウムの鉱石である白礬/明礬は紀元前5世紀には知られており、古代から染料や都市の守備に使われていた。特に中世ヨーロッパにおいて明礬は染料として広く使われた。ルネサンス期の科学者は明礬を新しい土類の塩と信じており、啓蒙時代になってこの「新しい土類」は新しい金属の酸化物と証明された。1825年、デンマークの物理学者ハンス・クリスティアン・エルステッドはこの新しい金属の発見を発表、続いてドイツの化学者フリードリヒ・ヴェーラーがエルステッドの発表に基づいて研究を行い、金属アルミニウムを発見した。
純粋な金属アルミニウムは精練が難しく、珍しかったため、発見直後の金属アルミニウムは価格が金よりも高く、1856年にフランスの化学者アンリ・エティエンヌ・サント=クレール・ドビーユが初の工業用精錬法を開発してようやく下がった。1886年にフランスの工学者ポール・エルーとアメリカの工学者チャールズ・マーティン・ホールがホール・エルー法を開発したことでアルミニウムが一般人にも使えるほど広まり、ホール・エルー法は現代のアルミニウム精錬でも使われる。
これらの製法が使用され、アルミニウムが大量生産されるようになったため、アルミニウムは航空、建築、包装など工業と日常生活に広く使われている。アルミニウムの生産は20世紀に指数関数的に増え、1970年代には商品取引所で扱われる商品になった。1900年のアルミニウム製造量は6,800トンだったが、2015年には57,500,000トンと数千倍に増えた。