アルブレヒト1世 (神聖ローマ皇帝)
ウィキペディア フリーな encyclopedia
アルブレヒト1世(ドイツ語: Albrecht I.、1255年7月 - 1308年5月1日)は神聖ローマ帝国のローマ王(ドイツ王、 在位:1298年 - 1308年)[注釈 1]。ルドルフ1世から続く3代目の非世襲ローマ王だが、正式な皇帝として戴冠するためのイタリア出兵は実施していない。ハプスブルク家出身の神聖ローマ帝国君主[1]で、ルドルフ1世とゲルトルートの長子。優れた政治手腕と厳格冷徹な人柄で知られハプルブルク家の勢力を拡大したが、選帝侯たちから恐れられたことで王位世襲はかえって遠のいた。神聖ローマ皇帝フリードリヒ3世は玄孫、神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世は来孫、神聖ローマ皇帝カール5世と神聖ローマ皇帝フェルディナント1世は仍孫である。
このページの名前に関して「アルブレヒト1世 (ドイツ王)」もしくは「アルブレヒト1世 (ローマ王)」への改名が提案されています。 議論はノート:コンラート3世 (神聖ローマ皇帝)を参照してください。(2024年5月) |
概要 アルブレヒト1世 Albrecht I., 在位 ...
アルブレヒト1世 Albrecht I. | |
---|---|
ローマ王 | |
| |
在位 | 1298年7月27日 - 1308年5月1日 |
戴冠式 | 1298年8月24日 |
別号 |
オーストリア公 シュタイアーマルク公 |
出生 |
1255年7月 神聖ローマ帝国 帝国自由都市ラインフェルデン(英語版) |
死去 |
(1308-05-01) 1308年5月1日(52歳没) 神聖ローマ帝国 アールガウ地方、ロイス河畔 |
埋葬 |
神聖ローマ帝国 帝国自由都市シュパイアー、シュパイアー大聖堂 |
配偶者 | エリーザベト・フォン・ケルンテン |
子女 | 後述 |
家名 | ハプスブルク家 |
王朝 | ハプスブルク朝 |
父親 | ルドルフ1世 |
母親 | ゲルトルート・フォン・ホーエンベルク(アンナ) |
テンプレートを表示 |
閉じる